本覚寺

境内案内

GROUNDS

中興・貞傅は元禄3年(1690)今別の生まれで
當寺2世(後に弘前・誓願寺8世)の安貞上人に師事し得度、
宝永元年(1704)より磐城・専称寺での15年の修学を経て郷里へ迎えられ當寺5世となりました。
その布教の様子は「貞博上人東城域念仏利益伝」上下二巻にまとめられ、
念仏の功徳による数々の行徳を讃える内容がつづられています。
また、北海道との縁も深く有殊・善光寺の住持をしたとも伝えられ、
仏像・書画等が地域のみならず北海道に至るまで各地に残されている。
小樽市の曹洞宗・宗圓寺の本尊及び五百羅漢の作成にも関与したとされています。

本覚寺について

ABOUT

抑々、慶安4年(1651)羽州湯殿山大日坊別当より、
法龍山延命寺吉祥院の導坊を建てたとされるのを起源とする。
承応2年(1653)武蔵の国より浄土宗白旗の僧安長が下向しその跡を継ぎ、
明暦3年(1657)名越本山たる磐城専称寺より寺号を授かる。
爾来、享保には貞傳・寛政には愍榮の中興を輩出して布教あるいは地方産業に貢献し
徳望遠近に触れることとなり、今日に至る。

日没礼讃堂

CHAPEL

個々人の命日を夕勤行に月牌回向する旨の永代祠堂の施設である。

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